詩の原野

いろんな人の詩心の原野に迷いこみたい

久女のため

 つぎつぎに菜殻火燃ゆる久女のため 橋本多佳子

 

 


 

 

(つぎつぎにながらびもゆるひさじょのため)

 

多佳子が個人名を挙げて詠んだ句を私は他に知らない。それほど多佳子にとっての杉田久女は重い存在だったと感じる。平凡な愛を大切に過ごしたかっただろう久女。その久女に掛ける言葉を多佳子は多く持たなかったかも知れない。只ただ動静を案じているしかなかった多佳子だったように思う。久女は美しい今日を見ようとしていて、多佳子は明日を見ようとしていたに違いない。要するに大事に思うものが二人は異なるのだ。今日に生きる者は今日にしか関心なくても、明日を生きる者は三世を視界に置かなければいかなくなるだろう。

久女が最後を過ごした病室辺りに佇(たたず)んだあと、目にした筑紫平野の空へ次つぎと昇る菜殻火に久女を託したかった多佳子の想いが感じられる。菜殻火に声援を送っている声がどこまでも聞こえてくるようだ。今の久女に必要なのは明日への熱烈な励ましよりは・一面の景色を明々と照らしてくれる灯りのほうを喜ぶだろう。消えないで・絶えないで・もっともっと燃え照らし続けてあげて‥。久女が向こう岸へ無事に着くのを確かめられたらいいが、そんな道理に適わないことを想う橋本多佳子でないことは私でも知っているのです。